大切にしてくれる人が現れた。嬉しいはずなのに、なぜか落ち着かない。近づかれると距離を取りたくなるのに、離れていかれると寂しくなる。
「愛されたい」と願っていたのは、自分のはず。なのに、どうして受け取れないのでしょうか。
この矛盾を、「わがままだから」「愛が分からない人だから」と片づける前に、見ておきたいことがあります。
も く じ
Toggle「一人で大丈夫」は、いつから必要だったのか
人に頼るより、自分でやった方が早い。期待しなければ、がっかりしなくて済む。何かを受け取ったら、すぐに同じだけ返しておきたい。
そんなふうに、自分の足で立ち、仕事も暮らしも動かしてきた。その力は、ここまでの自分を支えてきたものです。
けれど、安心して頼れる場面でも「大丈夫です」が先に出るなら、その言葉は、今の気持ちを表しているのでしょうか。それとも、長く使ってきた答えなのでしょうか。
愛がないのか、受け取るときに何かが起きるのか
優しい言葉をかけられても、裏があるように感じる。何も求められていないのに、何かを返さなければと焦る。
相手の言葉と行動を確かめることは大切です。そのうえで、自分の内側で起きていることにも、目を向けられます。
大切にされることの、何が落ち着かないのか。受け取ったら、何を失うように感じるのか。
この問いは、誰にでも心を開くためのものではありません。自分で選んでいるつもりの距離を、もう一度見つめるための問いです。
言葉を知っても、同じ場所へ戻ってくる
「本当の自分で生きる」「愛を受け取る」。言葉の意味は分かる。たくさん学び、自分と向き合ってもきた。
それでも、実際の関係になると、同じところで怖くなる。そのとき必要なのは、もう一つ新しい言葉を覚えることなのでしょうか。
魂氣学®では、知っていることを、自分の反応や日々の選択につなげて見ていきます。理解したつもりの言葉が、自分の現実ではどうなっているのか。そこから、問いが始まります。
本当の自分を迎えにいく道を、動画で
自分を守ってきた強さと、愛を受け取れないこと。その間には、どんなつながりがあるのでしょうか。
動画では、南みゆき自身が愛を探してきた道、怒りの奥にあったもの、言葉を知ることと実際に歩くことの違いをお話ししています。
誰かのようになるためではなく、今まで見えていなかった自分へ目を向けるために。この矛盾の奥を、動画で見ていきます。







