願いをノートに書いた。前向きな言葉を唱え、理想の未来を思い描いた。それでも、現実は思うように変わらない。
すると、願い方よりも、自分を疑い始める。「信じ切れていないから」「波動が低いから」「まだ手放せていないから」。
幸せになるために始めたことが、いつの間にか自分を責める理由になっていませんか。
も く じ
Toggle叶わないたび、自分だけを採点していないか
願いが叶った人の話を聞くと、自分にもできると思える。けれど、うまくいかない日が続くほど、その話が自分の足りなさを測る物差しになってしまうことがあります。
結果が出なければ、信じ方が足りない。疑問を持てば、その疑いが叶うのを妨げていると言われる。
それでは、願いを持つことと、自分を罰することの境目が見えなくなります。問題は本当に、あなたの信じる力だけなのでしょうか。
前向きな言葉の下に、何が残っているか
「私は愛されている」と唱えている。でも、連絡が来ないと、今日も何も手につかない。
「私は満たされている」と書いている。でも、誰かの成功を見るたびに、取り残された気がする。
その不安や寂しさまで「ネガティブだから」と追い払ってしまったら、今の自分の気持ちを、どこで受け取れるのでしょうか。
願いを捨てる必要はありません。ただ、唱えている言葉と実際に感じていることの間に、何があるのかを見ていきます。
手に入れたら、本当に終わる願いなのか
あの人から連絡が来たら、安心できる。認めてもらえたら、自分に自信が持てる。望んだ結果が出たら、ようやく満たされる。
そう思っていたのに、一つ叶うと、また次の不安が始まる。その経験があるなら、欲しいものの名前だけでなく、その奥にある願いを問い直せます。
魂氣学®では、日々の選び方や受け取り方を、無意識の視点から見ていきます。起きた出来事のすべてを、自分が引き寄せたという話ではありません。他人の行為や社会の問題まで、自分の責任にする必要もありません。
願いと現実の間を、動画で見つめる
叶わない自分を変えようとする前に、なぜ願いが強くなるほど、自分を責める声まで大きくなるのか。
動画では、引き寄せを信じてきた人の苦しさを入口に、恋愛や承認への願いと、無意識の関係をお話ししています。「もっと強く信じる」の先へ進むために、その問いを深めます。







