連絡が来るかもしれないから、週末は空けておく。
通知が鳴ると、相手かどうか確かめる。来なければ気持ちが沈み、来ればやっと一日が始まる。
相手を待つことが苦しくなっているなら、返事だけでなく、自分の安心や予定まで一通の連絡に預けていないか、見たいところです。
わたし自身も、相手の連絡を待っていたこともありましたし、それで、自分の人生がおろそかになっていました。
当時は、そんなつもりはまったくなく、それなりにやることはやっていたし、生活も楽しんでいたつもりでしたが。
今は、まったく自分の人生を生きていなかったと分かっています。これも無意識の中にいたからですが。
相手の気持ちが分からない間も、自分の人生の時間は進んでいるのです。
も く じ
Toggle待つ時間に何を確かめようとしているのか
好きな人と話したい。次に会う日を知りたい。それは自然な願いですよね。
けれど、連絡がないと「私には価値がないのだろうか」と感じるなら、その一通が担っているものは、予定の確認だけではありません。
大切にされている証明まで、求めていることがあるのです。
相手に返信を頼むことと、返信によって自分の存在を確かめ続けることでは、関係の中で起きる苦しさが違います。
ここを見ないまま連絡の頻度だけが増えても、少し返事が遅れたときに、また同じ不安に戻ることがあります。
理解のある人でいる間に消える希望
忙しい人だから。言葉が苦手だから。今は大変だから。
相手の事情を考えることは大切ですけどね。
ただ、その説明をするたびに「私は予定が決まらないと困る」という話が消えていくなら、関係の中に一人分の希望しか置けていないということです。
相手には相手の事情がある。
自分にも、大切にしたい時間がある。
その両方を扱える関係かどうかが、日々の暮らしに関わってきます。
保留にした週末は戻ってこない
「落ち着いたら会おう」という言葉に希望を持つことと、まだ決まっていない予定のために毎週末を空けておくことは、分けて考えられます。
会いたかった友人、行きたかった場所、ただゆっくり休む時間。何度も後回しにしているうちに、待つことが暮らしの中心になる。
一日だけなら小さく見えても、その積み重ねで失っているのは、自分の人生という最も大切な時間なのです。
相手を諦めると決めるまで、自分の一日も諦めなければならないわけではないですからね。
だからこそ、自分の時間をどこに使うのか。
それで自分の人生をどんなものにするのかが決まるのです。
振り返れば、恋愛だけの話ではありませんでした。
自分の人生を後回しにしていたことにさえ、気づいていなかった。その時間を、どれほど悲しんだか。
「いや、50年以上やで?そんだけあったらめっちゃすごいことできたやん!」「なんやねん、今からやっとか」と。
子どもの頃から、占いで「あなたは大器晩成」とよく目にしていたので、「それか…」と。
今振り返ると、「自分の人生が始まるのは、まだ先」と、どこかで思い込んでいたのです。
占いが当たった!のではなく、呪いやったわ…ですよ笑
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魂氣学®の自己認識は、相手の本心を当てたり、望む返信を引き出したりするための学びではなく、相手との関係で動いている自分の思いを知り、現実の選択に力を戻していく学びです。
好きな気持ちがあっても、自分が成したい仕事や好奇心を満たす予定を持つことだったり。
返事が来なかった夜にも、自分の価値まで否定せず、お気に入りの推しの音楽を聴いて癒される時間だったり。
困っていることを伝え、その応答を見て関係を考えたり。
こうした日常へ向かうには、気晴らしだけで不安をやり過ごす段階から、自分自身を知る段階へ進むことが必要になるのです。
自己認識を深めることは、相手の返事を待っていた自分から、自分の時間を選ぶ自分へ戻っていくことにもつながります。
わたしは今、自分の人生も、時間も、大切にしています。
だから、人生が楽しい。






