欲しかったものが、やっと手に入った。
そのときは嬉しかったのに、気づくとまた次のものを探している。
「これさえあれば、満たされるはず」
そう思って手に入れてきたものがあるのに、どうして「もっと」は終わらないのでしょう。
も く じ
Toggle嬉しかったはずなのに、もう次を見ている
私自身、欲しいものを見つけては買い、届いたときには心が弾んで、それなのにまた次を探していた時期がありました。
ものは増えている。
でも、満たされている感じは、それほど増えていない。
欲しいものを買う楽しさを、なくす必要はありません。ただ、欲しかったものが増えれば、そのぶん満たされるのだろうか。自分の暮らしを振り返る中で、そんな問いが生まれました。
幸せを、いつも次の場所に置いていないか
もっとお金があれば。
もっと認められたら。
もっと学んで、分かるようになったら。
何かを目指すことは、日々の力にもなります。けれど、そこに着いても「まだ足りない」と感じるなら、次の目標を増やす前に、立ち止まってみてもいい。
「今あるものを、自分はどう感じているのだろう。」
生活に必要なものや、変えていきたい現実は大切にしながら、何を求め続けているのかにも目を向けてみる。そのための問いです。
誰かのために頑張ってきた人へ
求めてきた幸せは、自分一人のためだけではなかったかもしれません。
幸せを探してきた人の中には、自分のために求めるより、家族や周りの人のために力を使ってきた方もいると思います。
そんな方に、さらに「もっと与えましょう」と言いたいわけではありません。
手に入れること。受け取ること。誰かに与えること。
この三つの関わりを、もう少し丁寧に見てみたいのです。
今回の動画では、私自身の買い物や暮らしの変化と、一本の木のたとえから、「もっと」が終わらない理由をお話ししています。
幸せになる方法を増やす前に、幸せを求めている自分に目を向けたい方へ。






