相手の事情は、よく分かる。
忙しいことも、余裕がないことも、これまで苦労してきたことも。
だから今日も、自分の話は後にする。会いたかった気持ちをしまい、少し寂しかったことも言わずにおく。相手を思いやって選んだはずなのに、帰り道には、自分だけが遠くに置かれたような気持ちが残る。
愛する人がいることと、その関係の中に自分がいること。その二つは、いつも同じとは限りません。
も く じ
Toggle相手を分かる力が、自分を消す方へ向くとき
人の気持ちを察し、求められる前に動ける。それは、関係を支えてきた大切な力です。
けれど、その力を相手にだけ向け続けると、自分が何を感じているのかを確かめる時間がなくなります。「相手にも事情がある」という説明はできても、「私はどうしたかったのか」という問いには言葉が出てこない。
相手への理解が深まる一方で、自分への理解が置き去りになる。その偏りは、さらに気を遣うだけでは埋まりません。
話を聞いてほしい。約束を大切にしてほしい。一緒に決めたい。
そうした願いまで、わがままだと片づけていないでしょうか。
二人の関係に、二人分の希望があるか
関係を続けるためには、譲ることも、待つこともあります。ただ、譲る人がいつも同じであれば、その関係が何によって保たれているのかは見つめ直せます。
自分の希望を伝えることは、相手を思いどおりに動かすことではありません。相手にも選ぶ自由がある。そのうえで、自分にも希望があり、限りがあると認めることです。
言えば必ず分かり合える、という約束はできません。それでも、自分の気持ちが一度も置かれないままでは、二人で話し合うための材料がそろいません。
「私が我慢すればうまくいく」。その言葉の中でいう「うまくいく」に、自分の安らぎも含まれているでしょうか。
愛の中に、自分の居場所を戻す
大切な人とつながりたい。その願いのために、自分自身がいないことになってしまうのなら、関わり方を見直す時期に来ているのかもしれません。
魂氣学®では、女性性を中心に、男性性で現実を整える道を扱います。感じていることが中心にあり、その感覚を暮らしや選択につなげる。相手のために動く力も、自分を生きる力として戻していきます。
愛するほど小さくなるのなら、もっと上手に愛そうと急ぐ前に、その関係にいる自分を見つめる時間が要ります。
大切にしたい人がいる。
その人と関わる自分のことも、大切にしたい。
その二つを、同じ場所に置いてよいのです。







