予定のない日に、頼まれごとが入る。
空いているから大丈夫、と引き受ける。
けれど、本当は家でゆっくり過ごしたかった。
誰とも約束していないだけで、自分には過ごしたい一日があった。
そんなことはありませんか。
自分を後回しにしてしまうとき、何を望んでいるかは、もう分かっていることもあります。
ただ、人との約束ほどには、自分のための時間を大切にできていないのかもしれません。
も く じ
Toggle予定表が空いていても
病院の予約や仕事の約束なら、「その日は予定があります」と言える。
でも、家で本を読むつもりだった日には、同じことが言いにくい。
誰かに待たれているわけでも、締め切りがあるわけでもない。
だから、自分の予定のほうを動かす。
一度くらいなら、それでよい日もあります。
自分も手伝いたいと思って引き受けるなら、それも自分で選んだ時間です。
けれど、いつも同じように譲っていたら。
読もうと思っていた本は閉じたまま、ようやく空いた一日も、誰かの用事で終わってしまいます。
引き受けたあとに残る気持ち
相手は、こちらが何を諦めたのか知らないこともあります。
「大丈夫」と答えたのですから、気持ちよく引き受けてくれたと思っているかもしれません。
そのあとで、「どうして私ばかり」と苦しくなる。
そういうとき、自分がしたかったことを、自分で小さく扱っていなかったかは、見ておきたいところです。
もちろん、仕事や介護など、自分の都合だけでは動かせないことや、分担や支援が必要な負担もあります。
そのうえで、調整できる場面でも「私のことは後でいい」が先に出ていないか。
そこには、自分の時間をどう扱っているのかが表れます。
時間とは、あなたの生命です。
誰にも会わずに過ごしたい。
何かを完成させるわけでもなく、ただ本を読みたい。
そういう一日も、あなたが自分の生命を使って生きている時間です。
立派な理由を足さなくてもいいですよね。
自分のために空けておいた時間も、自分の予定です。
引き受けるかどうかを考えるときに、相手の用事とともに、自分がどう過ごしたいかも考える。
その両方を見ながら、できることを選んでいく。
一日が終わったとき、「今日は、読みたかった本を読めた」と思える。
予定表では空白でも、自分にはうれしい時間だった。
自分の暮らしに、そんな日があってもいいのです。






